「年を重ねると演奏に深みが出るドラマー」の仕組みについて考えてみました。

はじめに
さて今回は最近ちょっと増えてきたドラムのお話。
たまに私が研究と称してやっていることなんですけどキャリアの長いプロドラマーの若いころと、年を重ねた今との演奏の仕方を比較する、ということをYouTubeでやっています。
そうすると不思議なことにだいたいどのドラマーも「音が変わってる」ということが起きています。
よく一般的に言われるのは「若いころは鋭かった演奏が、年を重ねると深みがでてくるね」なんてことをいわれます。
楽器もなかなかのハードなことなので、当然肉体的なピークは20~30代のはずです。じゃあ年を重ねると、運動機能が落ちてくるから演奏に深みが出るのか?というとどうもそれだけではないような気がします。
しかし、それって一体何なのか?ということですね。
多分いろんな要因が絡み合っているとは思いますが、今回はその中の一つとしてあてはまりそうなことを書いてみようかと。
「ゲシュタルト」とは?
まず結論に行く前に今回はちょっと「ゲシュタルト」という心理学のお話を使います。
こんな感じの図をどこかで見た人は多いかと思います。
黒をメインにみると壺に見えるし、白をメインにみると猫が向かい合っているように見える。このメインで見る方を「図」と呼び、それ以外を「地」と呼びます。
要するに注目するものによって人間は感じ方が変わることがあるということですね。
今回の結論→音符の「図と地」が入れ替わっている
で、これを踏まえて今回の結論。
ドラムを長く続けて深みが出るドラマーにはなにが起きているのか?ということですが、私が思うにこの「図と地」が入れ替わっているのではないかということ。
若いころは、音が鳴っている部分が「図」であり、休符の部分が「地」になっているのに対し、長く続けているとこれが反転する。
つまり音が鳴っている部分が「地」になり休符の部分が「図」に変わっていくのではないかと思うのです。
なんでこれが起きるのか?その辺は論文を引用しているわけではないので科学的な根拠はわかりませんが、たぶん音楽を全体で聴くようになるからかな?と思います。
要するにこの「図」と「地」は二つでひとつなのでお互いに切ってもきれない存在です。
若い頃ってどうしても音が鳴っている部分に耳が行きがちだったのが、次第に音楽全体で聴くようになると、音と休符を同時に聴くようになるのではないかと。
以前に「予備動作」のことを記事で書きましたが、これってドラムの動き的にも理にかなっている。
つまり、ドラムは音を出す瞬間よりも音を出していない方の時間が圧倒的に長いんです。
なので、音を出していないときにどういう動きをするか?で、音色やグルーヴが変わってくる。
このことを「予備動作」というのですが、名前は「予備」でも実はこっちの方がメインだったりするのです。
普段の練習にどう活かすか?
とはいえ、長くやればこの境地にいけるか?というとそうでもないです。
私もギターを20年以上触ってますが、大して変わらないのは真剣に取り組んでいないからですね。
ただ人間は意識を変えれば次第にそうなっていく部分もあります。
なので今回の話を日ごろの練習にどう活かすか?ですが、まず日ごろ音楽を聴くときに音の一つ一つを追う聴き方だけでなく「全体で聴いてみる」ことをしてみることはいいイメトレになると思います。
後はいろんなドラマーのフォームの音が出ていない部分を見て研究してみるとか、このようなインプットをしておいておくと自分の意識がかわってくると思います。
おわりに
というわけで今回はちょっと難しいお話だったかもしれません。
でもこれってたぶん他の楽器でも言えることだとは思いますが、動きが大きいドラムで見るのが一番わかりやすいかなと。
なので、ドラム以外のパートの方も是非ドラマーの研究はおすすめですね。ではでは。