ミニマリストなドラム講師によるドラム論と音楽論。

音楽家が「耳を鍛える」ということについて、ドラマー的に考えてみました

 
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ミニマリストの視点と心理学や物理学を使って「最速最短でドラムが上手くなる」レッスンをしているドラム講師です。
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はじめに

今回はドラムのお話ではありますが、「ドラマー的音楽の聴き方」というテーマで書いてみます。

「音楽の聴き方が上手くなる」ということは、一般的には「耳を鍛える」なんて言われたりもしますが、耳を鍛えるというのは大音量に耐えるとかではなく、要するに「プロっぽい音楽の聴き方になる」ということですね。

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ということでテーマがかなり漠然としていますが、要は今回は「ドラマーはどのように音楽全体を聴いたら良いのか?」ということを書いていきたいと。

なので今回の記事がお役に立ちそうな人は、

✔︎ドラムを始めて「音楽の聴こえ方が変わってきた」と感じてきたドラマー

✔︎スタジオで練習する時間があまり取れないドラマー

✔︎一度にたくさん曲を覚えるハメになったドラマー

…などかなと思います。では早速本題に。

 

結論→音楽の聴こえ方は変わっていく

まず、ドラムの習熟とともに聴こえ方は変わっていくということ。

これは万人に当てはまる順番ではないですが、自分の経験やいろんなドラマーを見ていて「こんな感じかな」ということです。その段階というのはこんな感じ。

 

①音楽全体をボンヤリと聴いている

②曲を聴く時にドラムに耳が行くようになる

③ドラムのテクニックに耳が行くようになる

④ドラムのグルーヴに耳が行くようになる

⑤ドラムが曲の中でどういう役割を担っているのかに耳が行くようになる

⑥音楽全体をボンヤリと聴いている

 

…という感じでしょうか。こうして書いてみるとまるで禅の十牛図のようですが(ドラム=牛、みたいな)それに近いのかもしれません。

 

「結局最初に戻るの?」と思った方もいると思いますが、同じ「音楽をボンヤリ聴いている状態」でもその中身で言えば全く聴こえ方は違います

…まぁこれは究極的な話だと思うので、私もまだまだの段階なのですが、目指す境地はここなのかなと思います。

「ゲシュタルト」について

で、この6つの段階を理解する上で大事な言葉が一つあります。それがこのブログでも度々書いていますが「ゲシュタルト」という言葉のことです。

 

これはこの有名なルビンの壺のように、音楽を聴く上でも「何が浮き出ていて、何が浮き出ていないか」ということを常に意識することが大切、ということです。

これを、先ほどの段階と絡めてお話しすると…まずドラムを始めると普段音楽を聴くときにドラムの音が自然と周りの演奏から浮き出て聴こえてきます。

もちろんこれは自然なことで好ましいことです。そしてだんだんドラムの「テクニック」に耳が行くようになります。

「テクニック」に耳が行くようになると「よりかっこいい、難しいテクニックは何か?」というような、ドラムの演奏「のみ」が浮き彫りになっていく段階になっていくと思います。

 

その段階を過ぎると、最終的には「ドラムも音楽の一部である」ということに気がつき「ドラムの音が浮き出て聞こえなくなる」ということが目的なのかなと思います。

 

つまりどういうことかというと、ドラムの演奏「のみ」が浮き彫りに聞こえてくる段階から、次の段階に移る、ということが大切なわけです。とは言え一朝一夕には難しいですが、意識しておけば自然とそうなっていくと思います。

終わりに

というわけで今回は「ドラマーが音楽をどのように聴いていくのか?」ということをお話ししました。

 

最後の段階も「ドラムが音楽の一部」として聴こえてくる段階は、一旦ドラム「だけ」を聴き続けた結果としてたどり着けるところかな、と思いますのでまずはドラム「だけ」にどっぷり浸かって音楽を聴いてみていただければと思います。

まぁ何事も段階を踏んでいくということが大切なわけですね。ではでは。

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